スペシャルティコーヒーのお店のウェブサイトや、豆のパッケージに書かれた、詩のような言葉たち。
「ストロベリーやジャスミンのような、華やかなフレーバー」
「ダークチョコレートと、ほのかなオレンジピールを感じる、複雑な後味」
そんな紹介文を読んで、「すごく美味しそう!」と期待に胸を膨らませて飲んでみたものの…「うーん、美味しいコーヒーの味はするけど、ストロベリーはどこに…?」と、自分の舌に自信がなくなってしまった経験はありませんか?
それは、あなたの味覚が劣っているからでは決してありません。ただ、コーヒーに隠された多彩な風味を感じ取るための「トレーニング方法」を知らないだけなのです。
この記事は、そんなあなたのための味覚を鍛える「トレーニング・ブック」です。コーヒーのプロたちが、豆の品質を評価するために行う「カッピング(テイスティング)」という手法を、誰でもおうちで安全に楽しめるように、究極に分かりやすく解説していきます。
この記事を読み終えて実践すれば、あなたはもう「ただコーヒーを飲む人」ではありません。豆に秘められた個性や物語を、自らの舌で読み解くことができる「コーヒーの探求者」になっているはずです。
この記事を読めば分かること
- プロが言う「フレーバー」の正体と、味の感じ方の基本
- コーヒーの品質評価法「カッピング」の目的と哲学
- おうちにある道具だけでできる、簡単カッピングの全手順
- 感じた風味を「言葉」にするための、ちょっとしたコツ
【第1章】「苦い・酸っぱい」のその先へ。味と風味の世界
トレーニングを始める前に、まず基本の知識をインプットしましょう。私たちが「味」と感じているものは、実は2つの要素から成り立っています。
「テイスト(味覚)」と「フレーバー(風味)」は違う?
とても重要なことなので、最初に説明します。この2つは、似ているようで全く違うものです。
- テイスト(Taste):舌にある味蕾(みらい)で感じる、基本的な味覚のこと。「甘味・塩味・酸味・苦味・うま味」の5つです。
- フレーバー(Flavor):テイスト(味覚)と、アロマ(香り)が鼻の奥で結びついて感じられる、より複雑な感覚のこと。私たちが「イチゴの味がする」と感じるのは、イチゴの甘酸っぱい「テイスト」と、特有の甘い「アロマ」を、脳が統合して判断しているからです。
つまり、コーヒーのパッケージに書かれた「ストロベリーのような」という表現は、この「フレーバー」のことを指しているのです。そして、このフレーバーを感じるためには、「香り」を意識することが何よりも重要になります。
プロの羅針盤「フレーバーホイール」を覗いてみよう
プロたちは、感じたフレーバーを言葉にするための「共通言語」として、「フレーバーホイール」という円グラフのようなものを使います。
中心には「フルーティー」「フローラル」「ナッツ/ココア」といった大きな分類があり、外側に行くほど「ベリー→ラズベリー」「柑橘類→グレープフルーツ」というように、具体的な表現になっていきます。
これを全部覚える必要は全くありません。「コーヒーには、こんなにも多彩な風味表現があるんだ!」ということだけ、頭の片隅に置いておいてください。
【第2章】プロが実践する「カッピング」とは?
では、この記事の主役である「カッピング」とは、一体何なのでしょうか。
カッピングとは、世界共通の基準と手順に則ってコーヒーの品質を評価し、点数をつけるためのテイスティング手法です。
「美味しく飲む」ためのハンドドリップとは違い、「豆の個性を公平に評価する」のが目的です。そのため、豆の焙煎度合いや、粉の量、お湯の温度、抽出時間といった条件を、世界中のプロがすべて同じルールで行います。
私たちがこれから行うのは、このプロの手法を、おうちで気軽に楽しめるように簡略化した「おうちカッピング」です。点数をつけるのが目的ではなく、「それぞれの豆が持つ、個性や風味の違いを、自分の舌で感じること」をゴールにしましょう。
【第3章】実践!おうちで楽しむ簡単カッピング
お待たせしました!いよいよ、カッピングを実践してみましょう。
最初は、できればキャラクターの違う2〜3種類の豆(例えば、エチオピア、ブラジル、インドネシアなど)を用意すると、違いが分かりやすくておすすめです。
準備するもの
- コーヒー豆:比較したい種類の数だけ(各種10g程度)
- カップ(ボウル):豆の種類と同じ数だけ(同じ大きさ・材質のものが望ましい。そば猪口や小鉢でもOK)
- スプーン:少し深めのもの(カレースプーンやスープスプーンなど)
- その他:コーヒーミル、お湯、スケール、タイマー、お湯を捨てるためのカップ
手順を追って、風味の世界を体験しよう
【おうちカッピング 基本レシピ】
- コーヒー豆:10g(中挽き)
- お湯の温度:93℃前後
- お湯の量:180g (180ml)
ステップ①:豆を挽き、乾いた粉の香りを嗅ぐ(ドライ・フレグランス)
それぞれの豆を計量し、中挽きにして、用意したカップに入れます。そして、カップを軽く揺すり、鼻を近づけて、乾いた状態の粉の香りをじっくりと嗅いでみてください。
この段階で、甘い香り、香ばしい香り、スパイシーな香りなど、豆ごとに違いがあるはずです。感じたことをメモしておくと、後で答え合わせができて面白いですよ。
ステップ②:お湯を注ぎ、立ち上る香りを嗅ぐ(アロマ)
タイマーをスタートさせると同時に、すべてのカップに、勢いよくお湯を180gまで注ぎます。粉全体にお湯が行き渡るように、円を描くように注ぎましょう。
すると、表面にコーヒーの粉が浮き上がり「クラスト」と呼ばれる層ができます。この状態で、もう一度カップに鼻を近づけてみてください。お湯と出会ったことで、先ほどとは全く違う、甘く濡れたような豊かな香りが立ち上ってくるはずです。
ステップ③:クラストを壊す、至福の瞬間(ブレイク)
タイマーが4分を指したら、いよいよカッピングのハイライト「ブレイク」です。スプーンの背を液面にそっとつけ、奥から手前に、3回ほどゆっくりとクラストを崩します。
この瞬間、中に閉じ込められていた香りが爆発するように解放されます。ためらわずに、鼻をカップに近づけて、その強烈なアロマをすべて吸い込むように感じ取ってください。この「ブレイク」の瞬間の香りが、そのコーヒーの最も素晴らしい個性を示すと言われています。
ステップ④:アクを取り除く(スキミング)
ブレイクを終えたら、液面に浮いている泡や微粉(アク)を、スプーンを2本使って、そっとすくい取ります。このひと手間で、後から味わう液体の質感が、よりクリーンになります。
ステップ⑤:音を立てて啜る!(テイスティング)
タイマーが10〜12分を指し、コーヒーが適度に冷めたら、いよいよテイスティングです。スプーンで液体をすくい、「ズズズッ!」と音を立てて、思い切りよく啜ります。
なぜ、音を立てて啜るの?:恥ずかしがる必要は全くありません!これにはちゃんとした理由があります。
液体を霧状にして、口の中全体に一気に広げ、同時に鼻腔へ香りを送り込むためです。これにより、舌で感じる「テイスト」と、鼻で感じる「アロマ」が結びつき、複雑な「フレーバー」として感じ取ることができるのです。
最初はむせるかもしれませんが、大丈夫。何度か繰り返すうちに、それぞれのカップの「酸味の質」「甘さの印象」「後味の長さ」といった違いが、少しずつ、しかし明確に感じられるようになってくるはずです。
【第4章】感じた風味を「言葉」にするトレーニング
カッピングで何となく違いを感じられても、それを「言葉」にするのは、また別の訓練が必要です。でも、難しく考えることはありません。
「この酸味、何かに似てるな…あ、レモンというより、オレンジの甘酸っぱさに近いかも」
「この後味、ナッツっぽいけど、アーモンドよりはクルミの香ばしさかな?」
このように、まずは自分が知っている果物や食べ物の記憶と結びつけてみてください。正解も不正解もありません。
あなたが感じたすべてが、あなただけの「テイスティングコメント」です。この訓練を繰り返すことで、あなたの味覚の解像度は、どんどん上がっていきます。
コーヒーの風味を深く理解する旅は、今日始まったばかりです。最初は、プロのように「ストロベリー」や「ジャスミン」といった具体的な風味を感じられなくても、全く気にする必要はありません。
「前より、酸味と苦味以外の“何か”を感じられるようになったかも」
その小さな気づきこそが、あなたのコーヒーライフを、消費するだけのものから、創造し、探求する、無限に楽しい遊びへと変えてくれる、最も価値のある一歩なのです。ぜひ、今日のトレーニングブックを片手に、新しい扉を開いてみてください。
